『微睡のセフィロト』:コンパクトかつ硬派なSF

微睡のセフィロト

マルドゥック・スクランブルを読み終えてから数日間、あまりの衝撃に打ち震えていた。かつてない興奮。頭の中がかき乱されて、再構築されていくような。例えるなら、過負荷をかけられた筋繊維が破壊され、修復されていくような感覚。

その読了感に浸ったまま、マルドゥック・スクランブルの原型≪プロトタイプ≫ともいわれる『微睡みのセフィロト』を読んだ。

あとがきを読んで仰天したんだけれど、これをたった2週間で書き上げたというんだから、やっぱ商業作家さんってすごいよね。伊藤計畫さんが、たった10日で書き上げたというエピソードを知ったときにも感じたことだけれど、やっぱりプロの作家さんというのはプロなんだなと。

なに当たり前のこと言うとんねん、って思う人もいるだろうけれど、ネット小説を漁ってみると商業作家さんと比肩する綺麗な文章書かれてる方とか、遜色ないプロットのお話書かれてる方とか、ごくたまにいらっしゃるじゃないっすか。

でも、プロの作家さんっていうのは、そういう次元とは違うんだなと改めて感じた今日この頃。

あ、そろそろ本題入ります。

マルドゥックとの対比

じつにコンパクトにまとまったSF作品である。引っ越しに際して部屋の荷物をつつがなく段ボールに収納しきったような、そんな整然さのあるコンパクトな長編。とはいえ、『マルドゥック・スクランブル』で発現する冲方さんの刻印は、この作品ですでにちらついている。動物へのフェティッシュ/想像力が横溢する超能力バトル/驚天動地のハリウッド的展開/強い少女/傷を負った寡黙な男──バロット/ウフコック/ボイルドの息吹。

私は『マルドゥック』から『セフィロト』を読んだのだけれど、これが逆の順番だったら感じる印象もかなり変わってくるのではないか。というか、もう一度『マルドゥック』を読んでいなかったあの頃に戻って、再読したい。あの衝撃たるや……学生時代に生まれて始めて押井守の映画を観たときに匹敵する威力があったんだもの。

まぁそれはさておき。

コンパクトな作品ゆえ、世界観やキャラクターの描写は控えめになっている。冲方さんのデビュー作『黒い季節』を読んだときに感じる透き通ったシンプルさというか、あれと同じ匂いの簡潔さを『セフィロト』でも感じるのだ。
あらすじはざっと下記のとおり。

旧来型の人間、感覚者≪サード≫
超次元能力を有する感応者≪フォース≫
両者の間で戦争が起きた。結果、世界の大半は壊滅した。そしてのち、両者は共存する道を模索し始めた。
そんな折、世界政府準備委員会≪リヴァイアサン≫のメンバーが、300億個もの微細な立方体へ混断≪シュレッティング≫される事件が発生。主人公のパッドは、世界連邦保安機構≪マークエルフ≫の感応者、ラファエルと共に捜査に乗り出す。

たった二週間で一気呵成に書きあげたられたとは思えないほどの壮大な世界観と設定。淡々と、地帯なくゴールを目指して進行するストーリー。その勢いを削がないためにも、世界観の説明は比較的あっさりとしている。あっさり、とは言っても説明をすっ飛ばす暴挙ではなく、センスの塊たる語感とルビのダブルパンチでそれをやってのけるのだから、やっぱり冲方さんすげぇ、ってなるわけなのよ。

でもって、重ねて「すげぇ」ってなるのが、斬新な超能力の描写。そもそも、本作の事件の発端となる混断《シュレッティング》という能力自体がきわめてユニーク。殺害する一歩手前で寸止め。かといって、生きているとは言えない、生と死の中間状態にするこの能力。300億個もの超微細な立方体へと超次元的に混断する。この一文を読んだだけで想像力が刺激されまくります……

感応者が能力を使用した際に生じる「匂い」語感を刺激するこの設定は、『マルドゥック』でウフコックが体臭から相手の感情を読み取るのとオーバーラップする。そして本作の捜査官パットもまた、匂いを頼りにして感応者の能力を察知する。『マルドゥック・スクランブル』では主にバロットの視点から物語が進んでいくけれど、その続編にあたる『アノニマス』ではウフコックが主軸に据えられる。「これはウフコックの地獄巡り」だと冲方さんがあと書きで記しておられるように、この義勇心に溢れたちっぽけな黄金の万能道具存在は、悪の手から手へと遍歴を繰り返し、想像を絶する諸悪を目の当たりにする。ここでウフコックは傍観者に徹することを強いられるわけなんだけれど、ウフコックの始点で事態が進行するので悪人たちの意図・思惑・情感がすべて「匂い」によってはっきりと知覚されるのよね。ということは、そのウフコックの視点から物語を追走する我々読者は、おのずから悪人たちの感情を汲み取ることができるわけで、『クインテット』の悪人どもに思わず感情移入してしまったり、はたまた〈ハンター〉なる巨悪のオルグにも共感の念を抱いてしまうのである。通常、小説は「神の視点・第四の視点」もしくは「一人称」で書かれていない限りその感情を完璧に汲み取ることはできない。どうしても「〜のような」とか「〜なのだろう」とか、少なからず推測の余地が残った描き方になってしまう。ところがどっこい。「匂い」によって相手の感情ずばりそのものを余さず汲み取るウフコックの存在によって、その余白の部分が完全に消えてしまうわけなのである。うん、すごいぞ、ウフコック。

ウフコックの話題つづきで本作に話を戻すと、動物好きの私としては本作のマスコット的存在ヘミングウェイを激推ししたい。ウフコックもかわいい。だがヘミングウェイもなかなかに可愛らしい。

一体してハードボイルドな空気が流れる劇中に、ひっそりと添えられたユーモラス。それがヘミングウェイというクレバーなワンちゃんなのだ。思索的で繊細で、どうしようもなく頭でっかちなウフコックに対し、ヘミングウェイはもう少し動物寄りの存在として描かれる。言うなれば、良く訓練された警察犬のような。というか、じっさいにラファエルが連れてる犬なので当たらずも遠からず。人間の言葉を理解し自らの意思を主張する明敏さを合わせ持つ。ウフコックと決定的に違うのは言葉が話せないことだけ。

もの言わぬ存在である犬が、つぶらな瞳でこちらをじっと覗き見るとき──あの憎めない無言の圧力というか、なまじ言葉が発せないがゆえに雄弁に語る感情というか、言葉を介さずとも犬が何を言っているのか分かるあの感覚。全世界の犬の飼い主なら誰しも共感できるあの感覚が、『セフィロト』ではしばしば登場する。でもってこれがまたユーモアとして機能する。動物好きな私、おもわずにんまり。冲方さん、インタビューとかで語ってないけど犬飼ってらっしゃるんだろうか? もしくは幼少期に飼ってたとか?

『セフィロト』はコンパクトにまとまったSF作品である。音楽でいうと、『マルドゥック・スクランブル』が数年に一度のペースでリリースされるアルバムだとすれば、『セフィロト』はアルバムの中で最も訴求力の高い一曲を収めたシングル盤と言える。冲方丁という作家の入り口。その雄大な世界観をかいま見ることのできる扉のような。

いやぁ、それにしても、これだけの文量を二週間で書きあげるなんて……やっぱプロの作家さんすげぇ

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