2019年読んだ小説 マイ・ベスト

Patrick Silvestre best novel

昨年は不思議な年だった。例年、鑑賞した映画の数のほうが読んだ小説の数よりも多いのに、去年はそれが逆だった。隙間時間で読んでいたニュースサイトも、いつの間にかすっかり読まなくなり、寸暇を惜しんで小説を読んでいた。というのも、いざ自ら筆を取って同人活動なるものを始めようと思い立ったとき、目標として掲げるお手本が必要だと感じたからだ。

映画や小説、音楽もすべて、これまではただ何となく受け身で作品をむさぼってきた。けれど、今年になってからは作品に対して前のめりになった。自ら積極的にそれらを摂取し、その裏側に潜む制作の過程やら思想といった背景を探るようになった。そうすると、不思議なことに今まで見えていた景色が違って見えた。

昨年の暮れ、知人に『虐殺器官』を薦められて読んだのを皮切りに、今年は色々と小説を読んだ。ジャンルは雑多に、色々と読んでみた。元来、ゴリゴリの文学やら社会派作品が好きなので、放っておくとそちらの方向へ触覚が伸びていく。だから、今年はあえて普段読まないようなジャンルにも手を出してみた。

何冊読んだか、何を読んだか、ちくいち記録しているわけではないので、ざっと思い返してみたときにすぐに浮かんだ作品をピックアップしている。そんなわけで、とりあえず2019年のマイ・ベスト小説を紹介する。

虐殺器官 / 伊藤計劃

 

今年一発目に読んだ小説。受けた衝撃は今年一番。伊藤計劃という名前こそ聞いたことはあれど、まさか、当時こんなにも話題になっていた作品だとはついぞ知らなかった。

一人称で綴られるセンチな感性。その青っぽい感覚とは対称的に、主人公クラヴィス・シェパードの職務は血でまみれている。近未来的な軍隊という世界観もさることながら、『虐殺器官』がこんなにどストライクなハマり方をしたのは、クラヴィスの視点が独特だから。ドミノ・ピザを切り口にアメリカをぶった切ったり、認証社会を荷物の配送になぞらえてみたり、その感性が独創的で面白い。中でもとりわけ印象的だったのは、同僚がピザを食った手でデバイスに触れたとき、クラヴィスが見せる嫌悪感。

「この感覚が僕には理解できない」──神経質でナイーブな感じ。一人称視点でナイーブといえば、フィッツジェラルドとかサリンジャーが思い浮かぶ。そこへ放り込まれるリアルな要素──クロサワ映画。シャーリーズ・セロン。ケヴィン・ベーコン・ゲーム。サマセット・モーム。言語学や、社会学といった学際的な要素しかり。ストーリーも、一度読んだら先が気になり過ぎて、ページを捲る手が止まらないくらい面白かった。だが、『虐殺器官』の面白さはストーリーだけじゃない。いたるところに散りばめられた思想的な断片が何度読んでも奥深い味わいを醸し出すのだ。そう、ホントに何度読んでも面白い。どうして今まで読んでなかったのか、昔の自分を呪いたくなった。

ハーモニー / 伊藤計劃

 

『虐殺器官』で受けた興奮も冷めぬうちに、次に読んだのが『ハーモニー』

理想郷《ユートピア》の臨界点を描く──本書の裏に書かれたあらすじにはそう記してあった。新装版にあわせて、キャッチーさを増した表紙のイラスト。どんなものかしら、と興味津々でページを捲る──均質化された金太郎飴社会。街中の様子も、そこで暮らす人々も、どこもかしこも没個性的。そんなシステムに真っ向から対抗するミァハ。若者らしい反骨精神としたたかさで、自殺によって社会に復讐せんとする。

うん、ぶっ飛んでる控えめに言ってすごくクレイジー。

でも、現代を生きる私たちからすると、ミァハの行動は狂ったシステムの中において、すごくまともな人間に見える。プライバシーと引き換えに手に入れた恒常的な健康管理社会。すべてが統制され、管理され、一定の埒内に収められる。そんなクソ平凡でつまらない社会。極限まで平和を追い求めた結果、自らの首を締める道化のようなシステム。

ミァハが喩え話として持ち出す、財布と貯金箱の話がじつに奥深い。近年、話題にのぼる「働き方改革」しかり。過労をふせぐためというお題目のもと、退社時間になったら強制的にPCの電源をOFFにするて、あんた……元の木阿弥もはなはだしい。結局、バランスの問題なのであって、結果に拘泥しすぎるあまり本来の目的と手段が錯綜するのだ。うん、ミァハは炯眼だな。

ラストシーンは、色々な意味で泣いてしまいました。

リヴィエラを撃て / 高村薫

 

ずっと気になっていたけれど、ついぞ手にとったことがなかった高村薫さんの作品。『黄金を抱いて翔べ』とどちらにしようか迷ったのだけれど、こちらにしました。硬派な文体。リアリティーに富んだ描写の数々。綿密なリサーチに基づく諜報活動のディテール。淡々と、しかし、目まぐるしい勢いで進むストーリー。

どうして今まで映像化されていないのか、心底不思議でしかたない傑作でした。CIAにMI5、MI6──これだけの諜報機関が登場するなんて、まさに夢の共演。でもって、彼らの隠然たる諜報戦の描写ときたら、まぁ。まるで映画を見ているかのような現実感。ジェイムズ・エルロイの小説を読んでいるときも同じことを感じたけれど、ここまで複雑なプロットをどうやって構築していくのかしら。エルロイが、どこかのインタビューで語ったところによると、プロットを書き出したシノプシスは400ページにものぼるとか言っていたけれど。緻密に計算されたプロットが次々と連結し、スピーディーに展開していくストーリーにページを捲る手がやめられない、止まらない。これぞエンタメ小説だな、と心服いたしました。

CIAの切れ者《伝書鳩》──個人的に、イチオシのキャラクターだった。ネトフリのドラマ『ナルコス』シーズン2で出てくる胡散臭いCIA職員とイメージが被ってきて、気がつけば脳内映像がそれに置き換わってました。

86-エイティシックス- / 安里アサト

 

今年の秋、いまさら感は否めないけれど、『ソードアート・オンライン』をようやく観た。自分でも意外なほどのめり込み、気がつけば原作のライトノベルにまで手を出す始末。その流れで、偶然にも出会ったのがこの作品『86-エイティシックス-』

ロボットもの。銀髪ヒロイン。シリアスかつダークな世界観──およそ私の好きな要素を全部詰め込んだようなこの作品に、私は狂喜乱舞しておりました。その溢れんばかりの想いの丈は、以前書いたレビュー記事を読んでくだされ。
86-エイティシックス- これぞエンターテイメント!『86-エイティシックス-』が冗談抜きで面白い‼︎

ライトノベルで、ページをぱっと見開いたとき、「うわぁ、ルビ多いな……」って呻いたのはこれが初めて。でも、それが最高にクールなんですわ。

カササギ殺人事件 / アンソニー・ホロウィッツ

 

昨年のミステリー大賞を取っていて、ずっと気になっていた作品。近頃、「ラスト1ページですべてがひっくり返る」とか「ラスト10分、あなたは必ず涙する」とか、大言壮語はなはだしい惹句が小説、映画とわずいたるところで見受けられる。

人間って不思議なもんで、こうやって大々的に言われてしまうと斜に構えて、「泣ける」シーンを迎えても白けた目で観てしまう……まぁ、私の性格が偏向してるから、というのも大きな理由だとは思うんだけれどね。

『ユージュアル・サスペクツ』『シックス・センス』『メメント』──これらの作品とて、何の先入観も持っていないプレーンな状態で観るからこそ、受ける衝撃もひとしおなのであって、それを事前に「くるぞ、もうすぐくるからな! くるぞ、ほら……」とかアナウンスされたら、たまったもんじゃない。

そういうわけで、「上巻のラストで思わず声が出ました」とかのたまう、本書の帯にも同じ剣呑な臭いを感じ取ったのだ。だがしかしところがどっこい『カササギ殺人事件』は本当にすごかった。掛け値なしにすごかった。

おもわず上巻ラストで唸り声あげたもん。

「うぇっ!?ここで終わり!?ちょ、下巻まだ買ってないんだけど」

読み終えてからアマゾンですぐにポチりました。すぐに。劇中劇というメタ構造も面白いけど、なによりも気に入ったのが作者のミステリー愛がすさまじいところ。アガサ・クリスティーどんだけ好きやねん。舞台設定から種明かしまで、ここまで丁寧に模倣できるなと心底感服した。しかも、それを意図的にやってのけるところがすごい。最初から最後までノンストップで読んでしまった傑作ミステリー。先日、ジュンク堂に行ったら著者の新刊が出ていたので近日中に買おうと決意。

マルドゥック・スクランブル / 冲方丁

 

伊藤計劃氏の『虐殺器官』を読んだときに、氏についてあれやこれやとググってみた。そのとき、たまたま関連人物で出てきたのが冲方丁さん。おそらく、ゼロ年代を代表するSF作品という共通項から出てきたのだろう。

冲方さんの名を知ったのが今年の始め。それからあれこれを経て、冲方さんの代表作『マルドゥック・スクランブル』を読んだのが初秋の頃。いやぁ、面白かった。もともとSF小説は大好きなんだけど、マイ・ベストに入るくらいハマりましたわ。そのときの思いの丈は以前したためた記事を参照してくださいまし。かくいう目下、続編の『マルドゥック・アノニマス』と『マルドゥック・ヴェロシティ』、『マルドゥック・フラグメンツ』を3冊同時並行で読み進めている今日このごろ。
マルドゥック・スクランブル マルドゥック・スクランブル:最高にクールなSF小説! 先月あたりから、ひとりでこっそり「冲方丁フェア」を楽しんでおります。『天地明察』『黒い季節』『微睡みのセフィロト』──ひといきに読み終えました。氏の作品をとおして読んでみて、ふと「文体」なる漠としたものについて思いを馳せてみたり。

何なんだろう、文体って。

人間、いかにして生きるかと同じくらい深遠なテーマだと思う。だけど、今の自分にはまだ考える必要のないものだとも思うのだ。今はとにかく書きまくるのみ。その勢いだけがすべてだと自負している。

三体 / 劉慈欣

 

今年、SF界隈のみならず、本好きの話題をかっさらったのが中国発のSF超大作『三体』

中国SFって珍しいなとか遠巻きに眺めておったところ、知人の方から折よく貸して頂けることに。

「読み始めたらマジで止まんないから気をつけるんだよ」

というありがたい忠告つきでお借りしたのだが、案の定で矢吹丈。読み始めたらホントに止まらなかった。もう、文字通りノンストップで最後までいきました。面白い。くそ面白い!!!

超弩級のスケール。次々と湧出する「謎」、謎、謎──続きが気になって、寝る間も惜しんで観てしまう海外ドラマのような。しかも、それら謎の仕掛けが実在の科学に基づいているのだから、これまたビックリ。学生時代にこの小説と出会っていたら間違いなく理科系の科目だけは真面目に授業受けていたと思う。つい先日、ハヤカワのTwiterで翻訳者の方が「三体の続編を読んだ」とツイートされていて、続きの販売が待ち遠しいばかり。

創作する遺伝子 僕が愛したMEMEたち / 小島秀夫

 

小説と銘打っておきながら、これはエッセイ集なのだが……細かいことは脇に置いといて。

今年の頭、『虐殺器官』を読んだ。若くして夭逝した伊藤計劃氏。氏のブログを拝読していると、度々出てくるワード「メタルギアソリッド」

不肖ながら私、学生時代に同級生が「メタルギアソリッド」に熱狂する中、世間に逆行したい根拠なき反骨精神から手を出しておりませんでした。はい。そうです、メタルギアシリーズ、いまだにプレイしたことありません。(これが今年一番の後悔かもしれない)

そんなメタルギア・ヴァージンな私だけど、伊藤計劃氏があまりにも「小島秀夫」と連呼されるので、おのずと興味が湧いた。まるでキリストのように尊崇する、その小島秀夫とはいったい何者なのか。折から、小島秀夫さんの新作が今年の秋口に発売されるということを知り、興味半分で購入してみた。そして発売までの時間つぶしとして、小島さんのエッセイを読み始めた。

で、ハマりました……

今じゃ、PCの壁紙をコジマプロダクションのマスコット、ルーデンスにしちゃうくらいに傾倒しておりますよ。創意に満ちた世界観。圧倒的なまでのインプット量と、創作への熱意。細部にまで及ぶ小島秀夫の刻印。その何もかもが、どストライク。『デス・ストランディング』を経て、ようやく「小島秀夫」というキリストの洗礼を受けることができた。『デススト』についての記事は、映画ブログの方で散々っぱら書かせてもらったのでここでは割愛する。

今年最も影響を受けた人物をあげるとすれば、間違いなく小島秀夫さんと言える。即答できる。ナノ秒で言える。

 

 

こうして振り返ると、ことのほかSF色が濃ゆい印象を抱く。べつに意識していたわけではないのだけれど、好奇心の赴くままに次の本を探していると自然とこうなった。まぁ、今年最初に読んだのが『虐殺器官』だから当然の帰結なのかも。

一年前、無駄に時間を持て余していた正月休み。『虐殺器官』を読んで、伊藤計劃という作家に興味をもった。そこで氏のブログの存在を知り、執筆の合間をぬって更新し続けていたことを知った。所在なく過ごしていた正月休みの間で、なんとなく自分もブログを始めてみようと思い立った。それから半年後、おなじようなノリと勢いで、Twiterで知った「文学フリマ」なるイベントに参加してみようと思い立った。すべて、ノリと勢いである。

そして、あれから一年が経とうとしている。見切り発車で始めたわりには、三日坊主の私がよくもまぁ、ここまで継続してきたもんだと、我ながら驚きを禁じえない。

たぶん、来年も同じことを続けていると思う。小説を読んで、映画を観て、自分でも書いてみて。今年一年継続してきたことを、来年も愚直に繰り返していこうと思う今日この頃である。

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